ワールドカップの頃

今日はベトナムのテレビでパルマとローマのサッカー中継をやっていて、さっき偶然ナカタの姿を見たので、ちょっと今年のワールドカップの頃を振り返ってみようと思います。

2002年、日本と韓国で行われたワールドカップサッカーの頃、マルマメは相変わらずハノイにいました。
サッカー大好き国民のベトナム人たちからは、日本に帰らないのか?と本気で心配もされたし、ミーハー傾向にあるわたしたち自身、なんでこんなときにまでハノイにいるのか、なんとなく虚しい思いもしていましたが、当然それだけのために帰るわけにも行かず、こちらのテレビで楽しむことにしました。
でもハノイにいてビックリ。自国が決勝リーグに出ていない国が、ここまでワールドカップに盛り上がるとは!!おかげさまでマメも、日本にいなくても、見事、にわかサッカー狂になることができました。
ハノイは街中のカフェから二流レストランのすべてに、どこからともなくテレビが設置され、どこにいててもサッカーだけは見られる、という状態で、どこも異様なほど活気がありました。(逆にテレビを置いてない店は見向きもされず、高級店であっても閑散としていてさみしいものでした。)
テレビ中継は、豪勢なことに、時間が重なっていたもの以外はすべて生放送、しかも全試合を完全放送なのです。(放映権、きっと高かっただろうなぁ。。。)

午後、試合が始まる時間になると、いつもは混雑しているハノイの街からうそのようにひとけがなくなります。ただ、試合が始まる直前と、試合と試合の間の1時間(くらいでしたっけ?)は、みんな家路を急ぐのか、妙にそわそわしていてバイクの運転も荒く、混み合います。ちなみに試合後は、お目当てのチームが勝った場合には、喜んでバイクをノリノリで運転する人も多く、やや危険でした。あぁ、なんて分かりやすい人たち。。。(この時期、長期休暇をとってテレビに没頭する人もいたらしいのですから。。。とにかく仕事をしている時も頭はサッカーでいっぱい、まったく仕事の効率は上がらないそうです。)
マルマメがおもしろかったのは、試合中にすいた道をバイクで走っていても、街中がみんなテレビに釘付けで、どちらかに点数は入るとそれはもうものすごい歓声が聞こえてくるため、テレビを見ていなくても試合の結果は予想できました。家に帰ってテレビをつけると、おぉ、やっぱり2−1か、みたいな。。。
ベトナム人はほんとサッカーが大好きなのです。普段から、ヨーロッパリーグの中継もよく見ているので選手にも詳しく、ナカタやオノはもともとかなりの有名人でした(ちなみに大リーグで大活躍のイチローは、ここでは全く無名!)。マメのミニミニ統計によると、ベトナムの人びとはアジアということで日本と韓国をもちろん応援していましたが、イングランドが強い、と思っている人が多いようでした。

さて、それにしても日本は大健闘しましたよね。日本が負けるまででしたが、ハノイでは、なぜかただの日本人のわたしたちまでがまるでヒーロー扱いされることになりました。日本が勝った試合が終わると同時に友達たちが電話をくれましたし、試合後なんて、見知らぬ人たちの羨望の眼差しが熱すぎて、ほんと、近所に買い物に行くのも照れくさいほどでした。その頃は、知らない人たちがいっぱい声をかけてきたし、通り過ぎざまに親指を立てて微笑んできたり、「イナモト!」と叫びながらウインクしてきたり、みんなほんとひとなつっこくて、妙に楽しかったです。
ただ、最後の方、日本が負けてからも韓国がものすごく強かったですよね、あのときはちとツラかったぁ。。。みんな、日本人と韓国人の区別がつかないものだから、韓国が勝ったときにも、わたしたちのことそれはもう英雄扱いなんだもの。お祝いの言葉をかけてこられたり肩を組んでこられたり。はじめは、返事する機会がある人にはちゃんと、「あ、あの、わたし日本人なんですけど。。。」って言ってたんですけど、それを聞いた人は突然、おじいさんの大切にしている盆栽を割ってしまった子供(?)みたいな顔になり、そのあと、捨てられた子猫でも見る目になって、わたしたちに平謝りした後そそくさと去っていく人ばっかりで、それはそれでこちらも申し訳なかったので、この際、英雄になりきったほうがいいのではないかということになり、日本が負けてから韓国が3位になるまでは、やむおえずですが韓国人になりきって過ごしていました。
韓国が3位になったときは大画面のある店で試合を見たんですが、その帰り道、バイクの後ろで街じゅうの羨望の眼差しにいちいちにっこり微笑むのは、多少の罪悪感はありながらも、パレードみたいでものすごく気持ちがよかったなぁ。。。

(24.11.2002記/マメ)